アメニモマケズ

はじめに

小さいときに通っていた私塾で暗唱させられて、頭にこびりついている文章です。
少なからず自分の思想を形成しているのではと思い出した今日のこの頃。
改めて読み返してみた。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ




ワタシキニナリマス!

小さいときにはただただ早く暗唱するためだけの文章だったもの。改めて読むと気になる点がいくつか。

気になる点その1:最後の8行はなぜ漢字を使わないのか。
気になる点その2:この時代に小さな茅葺の小屋に住むのはどの程度の生活なのか。
気になる点その3:ヒドリってなんや。
気になる点その4:デクノボーって呼ばれるのは嫌だろう。デクノボーって呼ばれても気にしない、って意味でおk?
気になる点その5:結局何が言いたい。
ちょっとだけ気になる点:食事にタンパク質が少なすぎる。大丈夫か。



ってことで、考えたり調べたりしてみました。びば金曜の夜。




キニナル点その1:最後の8行はなぜ漢字を使わないのか。

無知の極みでお恥ずかしいですが、「雨ニモマケズ」は宮沢賢治の死後、手帳から発見された詩だそうです。
これを知って、後半だから漢字使うの面倒になったのかな、っていうのが私見です。アホみたいな私見ですが。
ながーーい文章を書いてたり、急いでメモ書きするときについついかんじをつかわずにひらがなだけでかいちゃうそんなかんじのあれです。

この最後8行に漢字が使われていないことについて明確に論じられたものを見つけることはできませんでした。が、偉い人たちが議論する中では、文章でカタカナが使われていることで解釈の幅を広げているという主張があるそうです。これを見たときに、最後をカタカナだけにすることで言いたいことを読者に委ねたのかな、とか、ここからが言いたいことなんやで!って主張したいのかな、とか思いました。でもまぁ、この主張をするのであれば、最後7行ですかね。「ツマラナイカラヤメロトイヒ」は単に漢字の入る余地がなかっただけだと考えるのが妥当だと思います。
シランケド。


キニナル点その2:この時代に小さな茅葺の小屋に住むのはどの程度の生活なのか。

この詩は、1931(昭6)年11月3日に書かれた可能性が高いらしいです。
当時の農民の暮らしからしても、「小サナ萓ブキノ小屋」で生活をすることはかなり質素な部類に入るとのことです。
宮沢賢治の生まれは割と裕福だったと記憶しているので、あるべき自分を想定した極端な状況だということですね。
まぁ詩の内容的にも普通に考えてそうだよね。


キニナル点その3:ヒドリってなんや。

気になってる人いっぱいでワロタってなるくらい議論が巻き起こってました。
気になる人は自分で調べてください。すぐ見つかるので。
まぁ一通り読んだけど、どれでもええやんって思ってしまうのが理系。たぶんね。


キニナル点その4:デクノボーって呼ばれるのは嫌だろう。デクノボーって呼ばれても気にしない、って意味でおk?

調べるのが面倒になってきたのでワニワニちゃん(=クロコちゃん)に聞きました。
以下、回答。

「なりたい」と結ぶ以上、これは受動的な忍耐(呼ばれても平気)というより、評価や賞賛と無縁でいることそのものを理想として求めている表現です。

背景には、賢治が信仰していた法華経の常不軽菩薩の精神があるとよく指摘されます。常不軽菩薩は誰からも軽んじられ、時には石を投げられても、それでも相手を「あなたも尊い存在だ」と敬い続けた菩薩です。つまり「役立たずと呼ばれても構わない」ではなく、「世間的な評価(褒める/貶す)そのものから離れて、ただ黙々と人のために動き続ける存在でありたい」という、一段上の無私の境地を詠んでいると読むのが一般的です。

だそうです。次は常不軽菩薩が気になるぞ。またの機会に。


キニナル点その5:結局何が言いたい。

気になる点その4でほぼほぼ答えになりそう。
これは宮沢さんが病床で書いたメモであることを考えると、農業技術者、宗教者として、「たとえ何者にもなれなくても、こうありたい」という自分への祈りだったのではなかろうか。病気のときは気弱になるから、本来であればこの詩の5割増しくらいの思いがあるかも。宮沢さん自身の人生訓というよりは、死を意識した中で最後にたどり着いた「こうなりたかった自分」への遺言に近いものなのではないだろうか、と。
違ったらごめんね、宮沢さん。


ちょっとキニナル点:食事にタンパク質が少なすぎる。大丈夫か。

どう考えても大丈夫じゃない。
GHQの話と高村光太郎っていう人の話が面白かった。雨ニモマケズのWikiから抜粋。
玄米3合ならオッケーなんだっていうのと、やっぱタンパク質大事だよねって話。

太平洋戦争終戦直後の1947年(昭和22年)の文部省の国定教科書に当作品が掲載されている。「日本の食糧事情から贅沢と思われる」という理由からGHQの統制下にあった民間情報教育局 (CIE) の係官は一度掲載を却下したものの、その後「玄米四合」を「玄米三合」に変更することを条件として許可したとされている。国定教科書は賢治の遺族の了解をもって、石森延男の編集によって三合に変更された。延男は賢治の作品を改ざんするのは忍びなかったが、係官は当時の食料事情を持ち出してきたことから、同意するに至った。

高村は「粗食を賞讃(原文ママ)すべき美徳のようにさえ思う日本古来の一部の考方(原文ママ)は是非とも改めねばならぬ」として「宮沢賢治の国岩手県に来て、私は『玄米四合ト味噌ト少シノ野菜』生活に賛成せず」に牛乳飲用の習慣を広く普及させ、また肉食も奨励して「数世紀に亙って培われてきた日本の消極的健康を、どうかして世界水準の積極的健康に引上げたいからに外ならぬ」という意見を述べた。


調べているうちに見つけた面白い話:「ジブンヲカンジョウニイレズニ」

普通に「自分を勘定に入れずに」と読んでいたんですが、「自分を感情に入れずに」、「時分を勘定に入れずに」など色々な読み方ができるとの意見を見つけました。
まぁ最後の方のデクノボーのくだりを読んだら、やっぱり「自分を勘定に入れずに」=「自分の立場を介入させず(利己的な判断をせずに)」みたいな意味じゃないかと思いますがどうでしょう。



改めて読んでみて(さいごに)

調べていくうちに少し理解度は上がった気がする。
最後の7行以外は結構共感する部分もあり、冒頭の「自分の思想を形成している」の一部にはなっているのかもしれない。
さすがに最後の7行は高尚すぎる。

・・・はっ!決して到達できないだろうと思う部分をカタカナにしたのか!?(気になる点その1に戻る。)

暇なときに自分版の雨ニモマケズ(≒遺書)を考えてみたいと思います。



おわり